短い在任期間中に途方もない困難に直面した菅義偉が、驚くに値しない辞任を表明した後、岸田文雄(64)が今年9月29日に自由民主党の総裁に、10月4日には首相に就任した。岸田は1993年以来、一族にゆかりの深い広島1区から国会議員に選出され、日本の外務大臣としては歴代最長の任期を務めた(2012年~2017年)。2度にわたる自民党総裁を目指す目論見が外れた後(2018年、2020年)、岸田は3人の有力候補を破った。
初めて2人の女性が与党自民党の総裁選に立候補した。彼女らが敗れたのは、政策が非常に異なったためというよりは、党内の支持が足りなかったからであり、そのことは風土的な問題を示唆している。女性はまだ総裁という指導的地位を得るほど信頼されていないのである。日本が女性によって統治される可能性があった、という展望に対してポジティブな反応が起こったことは、保守的な自民党に一定の圧力をかけている。かつて安倍晋三の下で設定された、2020年までに女性管理職を少なくとも30%にするという目標は、大きく下回る形で頓挫し、あっさりと2020年代の可能な限り早期に、と延期された。その結果、日本は2021年の世界経済フォーラムのジェンダー・ギャップ指数で(156カ国中)120位となった。これを特徴づけるのが、新たな国会での女性議員の割合の低さである。女性は、衆議院の総議員(定数465)の10%にも満たない。女性の割合が最も高いのは立憲民主党の13.5%であり、自民党はわずか7.6%である。これは自民党と政府がいよいよ女性議員輩出を実現するための十分な理由となる。
岸田にはそれが実現可能かもしれない。岸田は10月31日の衆議院選挙で準備不足の野党に大差をつけて勝利した(得票率48.4%、465議席中261議席)。首相として再び指名され、11月中旬に第2次内閣を発足させたことで、有り余るほどの選挙公約を実現するべく全力を注ぐことができる。これらの公約は安倍元首相周辺の自民党の保守勢力が中心となって策定されたものだった。中小企業への多額の補助金(コロナ危機収束後の成長促進)、新技術への大規模投資、企業のデジタル化および技術転換のための助成金、再生可能エネルギーの促進と拡大、税制改革と富の分配、ならびに(GDP比)2%を明らかに超える防衛予算の増額は、予算配分を最も集中的に受けると同時に、自民党にとって最も重要な計画である。女性の地位向上、または「ウーマノミクス」そのものはまたしても、岸田と新内閣がすぐに取り組むような緊急のテーマではない。この怠慢は経済的な報いを受けるであろう。日本は女性の雇用率の安定を必要としているが、それは採用と昇進のガイドラインとプロセスを変革しなければ達成できない。
3つの決定的優先事項:労働力、経済成長、カーボンニュートラル(炭素中立)
国連世界人口推計(2019年版)は、日本の生産年齢人口(15~64歳)に2020年から2050年の間に2,100万から5,400万人の不足が発生すると予測している。65歳以上の人口は1,800万人(1995年)から3,400万人(2045年)にほぼ倍増する。2025年には、日本人女性の3人に1人が65歳以上になる。従属人口指数(従業者100人あたりの非従業者の割合)は、この期間中に69%から97%に上昇する。これはOECD(経済協力開発機構)加盟国で最も高い値である 。失業率が現在同様に低いままであれば、これらの数値は大幅に増大しうる。日本は安倍政権以来、引用されることが多い「Society 5.0」プログラムで労働力の減少に対処しようとしている。選挙公約(または綱領)で説明されているように、それは労働力を代替し、あるいは負担を軽減する技術への投資と開発を企図するものである。岸田は在任中、同様に労働移民と移民改革の問題にも取り組まなければならないだろう。
しかしより急を要するのは、パンデミックに苦しむ経済のさらなる救済である。パンデミック期の間に中小企業に向けた政府の広範な措置は、企業倒産を最小限に食い止める役目を果たした。雇用に特化した支援策には、部分的契約解除、賃金補助金および自営業者への補助金が含まれていた。第二に、所得税、家賃、公共料金の支払いを延期することができた。第三に、政府は、融資保証、直接融資および補助金の交付という3種類の財政支援を実施した。改革の基本方針は、テレワークとデジタル化、イノベーションと教育ならびに組織の再編成と労働力の移動を対象としていた。2021年10月、日本政府は雇用の維持を支援するために、様々な年金制度といくつかの補助金規則を打ち出した 。有期雇用労働者への特別支給と補助金プログラムの新版「Go To トラベル」は、11月にまとめられる予定の新たな景気対策と同様、この政策カタログに属する。相応する景気対策の財政支出の規模は55.7兆円(約4,335億ユーロ)である。
もっと根本的なのは「日本型の新しい資本主義」を確立するという岸田の意図である。岸田文雄は、規制緩和や国債による景気刺激策を通じて生み出される企業収益や雇用を超えた、持続可能な成長の創出を目指しているため、経済全体の把握を推進している。岸田の目標は、できるだけ多くの人々、特に中間層が成長の恩恵を受け、とりわけ被雇用者に対して明確に賃金引き上げを約束することだ。新自由主義は今、社会的になるのだ。
岸田新政権の前に立ちはだかる第三の大きな課題は、2050年までに日本をカーボンニュートラルにするという約束である。大幅な排出削減はかつて菅の一大決心であり、岸田は11月3日、グラスゴーで開催された国連気候変動枠組条約第26回締約国会議(COP26)でさらなる公約を表明し、当初の企図を拡大した。排出量が5番目に多い国である資源の乏しい日本は、2030年までにエネルギーミックスにおける再生可能エネルギーの割合を36%~38%まで増やすことを目指している。また石炭火力発電の比率は19%への縮小が目標とされている。同時にCO2の産業利用と工業グレード水素は、高いカーボンニュートラル目標の重要な要素である。岸田文雄は、日本が世界のグリーン産業の先端を行くことを望んでいる。これは、持続可能な成長目標と巧みに調和していれば、成功する可能性さえある。
選挙後の日本はいつも選挙前と同じ
すでに2022年7月に参議院選挙が予定されており、岸田はそれまでに政権を安定させるための説得力のある実績を上げる必要がある。岸田は、自民党内の派閥、特に安倍晋三周辺の重鎮グループを味方につけておかなければならない。岸田のこれまでのアジェンダは、強い社会志向の経済政策を除き、主に前任者たちによって形作られたものである。同時に新型コロナウイルスの流行は、3年目に入っても日々の政治をほぼ完全に左右している。それでも感染者数は劇的に減少、ワクチン接種は大きく前進し、自民党は大きな恩恵を受けることができた。しかし岸田の就任後数日間に実施された世論調査での評価はそれを反映しなかった。
衆議院選挙後の11月10日に召集された特別国会において、岸田は新内閣を発足したが、そこにまたしても(21の閣僚ポストのうち)女性大臣は3名しかいない。党総裁を争ったライバルの一人である野田聖子は「男女共同参画」を担当する大臣に任命された。野田を推したならば、自民党は、女性の地位向上とジェンダー政策のための経験豊富で名望ある先駆者を国政の頂点に据えることに貢献できたはずだった。要職に残ったのはとりわけ安倍晋三の弟である岸信夫防衛相などだった。前任の河野太郎と同様に、岸は自民党の対中国強硬派に属する。『防衛白書』においては、台湾をめぐる情勢の安定は、わが国の安全保障にとってはもとより、国際社会の安定にとっても重要であり、わが国としても一層緊張感を持って注視していく必要がある、とされた。そのため新外相の選出は驚くべきものとなった。前任の茂木敏充は自民党幹事長に就任し、党のナンバー2となった。後継者として林芳正が外務大臣に任命されたことは、中国に批判的な人々の間で激しい議論の的になっている。林は父親と同様に、日中友好議員連盟会長を務め(訳注:11月11日に辞任を表明)、比較的柔軟かつ穏健な路線で知られている。
外交政策に関して、岸田文雄のパラメーターはすでに設定されている。米国との関係は可能な限り緊密で信頼性の高いものであり続けなければならない。岸防衛相は11月12日の記者会見でこれを改めて強調した。日本は、東シナ海での軍事侵略の拡大に際して態勢を整えなければならない。その結果、地域の安全保障同盟「QUAD(クアッド)」は数カ月前に強化され、米国、日本、オーストラリア、インドによる首脳会合が定期的に開催されることになった。ここではインド太平洋地域の安全と繁栄を外交・防衛政策上の優先事項とすることを表明したEU、ドイツ、フランスによる現在のイニシアチブが援護に当たる。
しかし岸田の評価は主に国内政治的で成功するか否かにかかっている。長期政権を望むのであれば、社会の中で目に見える形での、政治的・経済的な再出発を体現しなければならない。しかし、党内では安倍晋三の影響力が増しているため、それは難しいだろう。安倍は最近、自民党内で最強の派閥を引き継ぎ、衆議院議長に選出された細田博之の後継者となった。90名の議員を擁するこの派閥はこれまでに4名の首相を輩出した。史上最長在任歴を有する元首相がまたすぐにでも名乗りを挙げるのではないかという根強い噂が、東京の政治の裏舞台で消えないのも無理はない。