冒頭、ラベア・ブラウアー(コンラート・アデナウアー・シュティフトゥング日本事務所代表)より、モデレーターの菅野志桜里 国際人道プラットフォーム(IHP)代表理事(弁護士/元衆議院議員)が紹介された。逝去された安倍晋三元首相に弔意を表し、同元首相が在任中行った女性支援の施策について言及した。その上で、今回、日本とは歴史的に性別役割分担の考え方が似ているドイツと比較することにより、日本にとって現実的な変革の方法を学ぶことができる機会となるという期待を表明した。
モデレーターの菅野志桜里氏より登壇者の浜田敬子氏(ジャーナリスト/前Business Insider Japan統括編集長)およびアレクサンドレア・スワンソン氏(ドイツ産業連合(BDI)#SheTransformsITプロジェクトマネージングディレクター)が紹介された。
【基調発言】
スワンソン氏発言要旨
ドイツの現状:女性就業率は70%と比較的高いが、週30時間以上働いているフルタイム率は低い。女性は、出産後にはパートタイム労働に従事することが多く、また男女賃金格差も20%ある。ドイツでは、女性が従来から多く働くセクターは(低待遇とされる)教育、医療、ソーシャルワーク関係であり、女性の31%がこれらのセクターで従事しているのに対し、男性はわずか9%のみである。同セクターは賃金が低く、またパートタイム労働も多い。その一方で、STEM(Science, Technology, Engineering, Mathematics)業界やIT業界での女性労働率は低く、問題視されている。ドイツでは女性管理職率は全セクターで29.4%、つまり、たったの1/3しか女性管理職がおらず、これはEU平均以下の20番目で、誇ることはできない。
政策面での取り組み(9つの歴史的な変化): 旧西ドイツの例となるが、1) 1918年 女性の参政権が認められた、2) 1957年 女性が自分の名義で銀行口座を持てるようになった、3) 1977年まで 女性が仕事を持つには夫の許可が必要で、3K(Kinder・子供、Küche・キッ
チン、Kirche・教会)が女性に期待される役割であった、4) 1980年に同一労働同一賃金化が打ち出された、5) 東西統一後の1994年、男女同権法成立により両性に求人を出すことが定められた、6) 2001年、会社が自主的に女性管理職の割合増加を図るようになった、7) 2015年、女性管理職率30%を法律で定めた(※2001年の企業の自主性のみでは実効性に乏しく、法により義務化し、これに伴って女性管理職率が増えた)、8) 2019年、 ベルリンで国際女性デーが祝日となる、9) 2021年、上場企業において4人以上の執行役員がいる場合はそのうち1人以上を女性とすることを定めた。
社会的側面での取り組み:(男性・女性名詞がある)ドイツ語の言語表現において、よりジェン
ダーニュートラルな単語、また多様化された言語を使うべきだという動きがある。
クオータ制については、肯定的に捉える報道もある一方で、若い女性の中にはクオータ制に反対する声もある。
キャリアと家事・育児の両立については、ドイツでも女性が家事・育児を行うことが多く、女性は毎日87分、男性よりもケアワークに多くの時間を費やしている。子供の学校が終わった後の時間、誰かが家に帰って子どもの面倒を見る必要があるため、子ども向けデイケアの拡充を求める動きがある。ドイツ人の59%が、デジタル化がワークライフバランスに寄与し、仕事とケアワークの両立に効果的だと考えている。
【ディスカッション】
浜田氏より、ジェンダーギャップ指数ランキング2022が本日(7月13日)公開となり、日本のデータについて、とりわけ経済面で女性管理職率が低いことが押し下げ要因となっていることが指摘された。
モデレーター:クオータ制を導入すると、「そもそも管理職になる女性の人材がいないことが問題」だというような声があるがドイツではいかがか?
スワンソン氏:以前は男性のほうが教育レベルやネットワークング等で優っていると言われていたが、今や女性も高度な教育を受けており人材レベルとして男女差はない。ドイツでは、子供のために母親は家にいるべきとする大きな社会的プレッシャーがあり、最長3年間という長期の産休後に復職できる等の法整備もされているが、文化的に母親が家にいないことは良くないという見方もあり、出産後できるだけ早く復職することが奨励されているフランス等とは復職に対する意識が大きく異なる。
クオータ制度に関しては、女性管理職比率に関して何ら進展が見られないため、2000年代に義務化に踏み切った。
モデレーター:ドイツと日本は、母親は家にいるべき等といった社会的プレッシャーの観点で似ているが、日本の現状は?
浜田氏:2000年代から、大企業をはじめとして仕事と育児や介護の両立支援の制度を充実させており、制度だけ見たら十分過ぎるほどである。ただし、問題なのが、育児は女性という日本の根強い性別役割分業意識から、結局、こうした制度を使うのが女性ばかりであるという点である。その結果、ある調査によると、総合職に就く女性の4割がマミートラックに陥っており、キャリアを諦めざるを得なくなっている。解決策として、男性も両立支援制度を利用しやすくし、また女性にはキャリア支援、(男女の)均等支援を行うことが有益であると考える。「女性が管理職をやりたがらないことが問題」だという人もいるが、なぜ女性がやりたがらないのかという背景に踏み込んで対策をするべきであり、実際に踏み込んで対策している企業では女性管理職が徐々に増えている。有効だと言われている対策の1つが、出産等のライフイベントを迎える前に困難な仕事をさせることである。日本ロレアルの事例では、入社時から男女ともに困難な仕事を任せることにより自分は仕事ができると(従業者が)自信を持ち、会社から期待されていると感じることで自己肯定感が上がり、その結果、育休からの復職後に時短ではなくフルタイムでの復職となることが多い。日本女性の一番多い離職理由は育児等よりも仕事の行き詰まり感、職場から期待されていないと感じることである。
モデレーター:ドイツでもマミートラックに陥ってしまい、意気消沈して離職するということはあるのか?またそれをどう乗り越えようとしているのか?
スワンソン氏:20代後半から30代前半 という年齢に差し掛かると、会社から「子供を産んですぐに辞めるだろう」と思われないか不安になる、ということはよくある。子供を産む前と
産んだ後では給与面で最も差が出るため、会社は女性とよく話し合い、女性に育休後の職場復帰を望んでいることを伝える必要があり、また男性の子育てを進める必要がある。ロックダウンのときにケアワークの量が可視化されて議論となった。(上記の)3Kが根強く残っている。
モデレーター:働きがいを男女に提供、さまざまなパターンがあるが、デジタル化を進めることで24時間働けてしまうようにできるが、いかにバランスをとれるか?
浜田氏:リモートワークに対しては基本的に男女問わず前向きであり、リモートワークのみならずコアなしフレックス制度を導入している例も多い。仕事と家事がシームレスになっており、昔から家庭に仕事を持ち込むこと自体、ネガティブな捉え方をされていたが、実際には中抜けする等で両立に効果的であった。リモートワークにより妻の家事負担が増えたという調査結果もある一方、夫も家にいるということは保育園の「迎え」などを頼みやすい。しかし、コロナ禍が収束するにつれて出社要請が出ると、男性は出社して妻がリモートとなることが多く、コロナ前に戻ってしまう可能性も高い。上司と対話の頻度が高いと評価が上がるという調査がある。これに即すると、男性は出社して対話が行いやすくなることで評価が上がり、特に同性同士だと対話がしやすいので、能力等ではなく出社しているかどうかが出世のカギとなる。よって、評価が不平等となることがあり、性別によって傾向が分かれる可能性もある。総労働時間に関しては、仕事時間が若干長くなったものの、通勤時間の削減によって睡眠時間も長くなるという調査結果もある。
スワンソン氏:デジタル化は大きなトピックである。2年半のコロナ禍の間に、フレキシビリティはなくしたくない、コロナ禍前に戻らないようにどうするのかという議論がちょうど行われている。月の60%はどこにいても良い、残りは出社という規定の会社もある。オンラインで資格を取ったり、ネットワーキングをしたり、出張に実際に行く必要がなくバーチャルで参加できるというのもデジタルの大きな利点である。
スワンソン氏:クオータ制は日本で受け入れられるか?
浜田氏:政治クオータに対しては、日本は抵抗感がかなり強い。2020年に女性管理職率30%という目標を立てたがあっさりと断念した。企業のクオータ制への抵抗感も強く、その理由としては、数値を設定すると「女性優遇」や「実力がない人を登用するのか」などといった議論が出る。ただし、自然に任せても現状変化していないため、義務化しなければ能力のある女性は発掘、また育成されないと考える。何年までに何%と設定して、それに対してどれくらい増やす必要があるのかを理解する必要がある。逆算すべきである。
浜田氏:日本ではクオータ制の議論において能力が足りない人を登用するのかとの議論が生まれるが、義務化の過程でドイツではそのような声があったのか、また、女性に対してどのような育成プロジェクトを行っているのか?
スワンソン氏:事例としてドイツの大企業が、外部会社と提携して女性のネットワークを作ったり、勉強会を開催したりした。「(実力ではなく)クオータ制で入った女性だろう」というような反応はドイツでもあり、他の国でもあるので女性のリーダーシップを啓蒙していく必要がある分野であり、できることは強い意志を持ち、ブレずに女性管理職を増やしていくことが肝要である。
【Q&A】
モデレーター:ドイツにはクオータを義務化する法律があり、自然に任せることから義務化することで女性を登用しやすくなるのでは?
浜田氏:女性管理職を増やすと決めたら企業は一生懸命人材を探す必要があり、たとえば推薦するときに女性候補者を男性候補者の2倍出したり、男性に管理職を1回打診するのであれば女性には3回打診する等して女性を登用する。日本IBMでは、育成プログラムに選ばれると女性は驚き、女性のやる気スイッチが入る機会となり、会社としては人材探しの機会となる。
Q.女性管理職が増えることに伴う企業利益とは?
スワンソン氏:まず、クオータ制は万能ではなく、教育において憲法で保障された男女平等を伝える必要がある。ドイツの男性CEOは、女性管理職が増えることが会社の利益に結び付くとわかっている。女性管理職が増えることで部下も享受するものが多い。
浜田氏:前提として人権の観点から男女平等であるべきだ。また、先行きが不透明な現代において、企業に多様な人がいることで多様なニーズに応えられる可能性が増え、企業としての持続性につながる。特に日本の組織では同質性回避において重要である。最近、自分と似た属性の人たちの中で働くことで一般から見たらありえないような自分たちの常識、独自ルールで動いてしまい、結果として不祥事が起きるようなことがある。これは日本企業にとっての一番のリスクとなっている。
Q 男性リーダーを巻き込むには何からしたら良いか?
スワンソン氏:ドイツの場合、大きな企業は、ダイバーシティ憲章に署名させて、ダイバーシティ、市民権、さまざまな男性もエンパワーメントする。政府だけでなく、NGO、地域コミュニティや様々な人たちがこういった人たちにリーチし、協力し、そして対話を持つことが肝要である。
浜田氏:男性リーダーで女性管理職率を増やす必要性がわかっている人には大きく2パターンある。1つ目に、海外経験を経て自分がマイノリティとなった経験があり、また世界のトレンド関心を認識している場合で、もう1つは、危機に陥った会社の改革を実践した場合である。たとえば、愛知県瀬戸市の中小物流企業は、1990 年代に物流業界の参入企業が増えて人材の獲得競争に陥った際に、ダイバーシティという言葉がないような時代であったが女性を採用し始めた。安全管理等を男性が頭ごなしで行うのに対して、女性は褒めて伸ばし、結果として事故率が減る等の成果が出た。その後、女性採用だけではなくLGBTQや外国人、障がい者の雇用にも乗り出した。社長の言葉「人の意識を変えるのは難しいが、知識を高めることで意識を高めることができる」に(哲学が)ある。今海外がどうなっているのかと学び、意識を高めること大事だ。もう1つの例としてメルカリが挙げられる。社長はシリコンバレーでGAFAMから多様性がキーだと気づき、多様性を意識していた。社内の2人の女性が部署ごとに昇進率等のデータを精査し、社内では言われているほどの多様性はないと経営側に提示した。待っているだけではなく社員から声を上げていく姿勢が重要である。前者の瀬戸市の企業に関しては、小さい企業だからこそ変わりやすく、ダイバーシティ百選の企業に選ばれたために卒論としても取り上げられて若い人が来る等、ダイバーシティは人材獲得にもつながる。
スワンソン氏:会社のダイバーシティがどうなっているか、女性の役割として何を想定しているかと就職活動中の学生が会社に質問する等、ドイツにおいてもダイバーシティは人材獲得のカギとなっている。会社としても最良の人材を獲得したいと思っており、そのような問題意識を持つ必要がある。
Q.ドイツのクオータ制にも問題があるのではないか?30%という数値を設定することで、企業は30%が上限だと会社が誤認するのではないか?
スワンソン氏:確かに30%達成で満足することはよくある。解決策としては2つある。1つは、たとえば、企業側に50%が良いと自発的にコミットさせることで、もう1つは、2026年には40%にする等、段階を踏むことである。
Q.女性が仕事を続けるモチベーションは?
浜田氏:子育てと仕事で味わえる達成感は異なるものであり、仕事では社会に対して貢献するという実感を味わえる。また、経済的自立は、今の時代だからこそ特に女性にとって本当に重要である。シングルマザーの貧困はただちに子供の貧困となる。カップル間において死別や離別の可能性があり、女性の経済的自立こそ自分の生活が豊かになる鍵である。
スワンソン氏:直観的なモチベーションや平等に対する情熱に背中を押されて働いている。憲法上の権利を守ることでもある。女性の経済的自立というのは根本的なことである。また、仕事で社会に貢献することで、より良い未来を得るという意識がある。
【結語】
菅野氏より、ビジネスにおけるジェンダー問題という枠を超えて自分の人生をデザインする自由の問題として議論することが、今後さらに可能になることを願うという期待感を表明し、パネリストおよび参加者に対して謝辞を述べて結びとした。